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結婚式の贈り物
大神とマリアの東京における結婚式は、実に地味なものだった。勿論、周囲は思いっきり派手に祝おうと言ったのだが、言い出したらテコでも動かない頑固者夫婦をウンと言わせることは出来なかった。だからと言って、役所で届け出を済ませるだけというのも余りに味気ないので、仲間内だけでお祝いを開くことだけは、否とは言わせなかった。

集まりが劇場関係のごく親しい者たちだけなら、お祝いの内容も手作りの、お馴染みのものになっていき、例えば新郎新婦の着ている服は主にさくらとすみれが活躍した結果だし、花組料理三奉行の一人(あとの二人はさくらとマリアなのだが)たるカンナはかえでと相談しながら料理を決めていた。レニとアイリスは、紅蘭の機械類の設置を手伝ったし、織姫は風組と薔薇組も巻き込んで会場の飾り付けをした。夕方頃に巴里からの面々が着くらしい。エリカなどはウエディングケーキならぬ、ウエディングプリンを作ると宣言している。勿論、皆が皆来るわけにもいかないので、祝電のみになってしまう者もいたが。

地味な結婚にしたからこそ、仲間だけで気楽に祝うことができたのかもしれない。男役スタアのマリアが結婚なのだから、ただでさえ注目を集めているところへ派手な式を開くと、外部への対応でてんてこまいになったことだろう。役所の中でさえ、既に何人かのカメラマンが出張っているそうだから。そうとは分かっていても、少しばかり寂しそうなのは米田と花小路伯爵で、やはり"父代わりその1・その2"としては、"娘"の晴れ姿を華やかにしたかったらしい。

もっとも、帝劇の面々が、こじんまりした集まりで納得したのは他にも理由がある。この若夫妻は明日には夫の実家へ行くことになっている。親族近隣へのお披露目だ。そちらの方で宴会ということになるので、こっちで羽目を外しすぎて明日に障りが出てはいけないのだ。……それに、そちらには"新婚いじめ"の風習が残っていることは、花組の誰もが知っていた。明日の夜は、思う存分この"幸せ者"たちに仕返しすることができるのだ。大神は、この間やってきた自分の幼馴染あたりから親友経由で、この情報が漏れたものと睨んでいる。

出席者一同は、届け出の現場に立ち会い、それから劇場に戻って宴会を開く手筈になっている。新郎新婦がそろそろ時間だからと出発しようとしたときだった。

「あ〜、お兄ちゃん、マリア。ちょっと、スト〜〜ップ!」
アイリスがパタパタと走ってくると、悪戯っぽい笑みを浮かべて、二人を通せんぼした。
「なんだい?アイリス」
「マリアにプレゼントがあるんだよ!カンナ〜、早く、早く!」
「あら、プレゼントなら、もう十分に貰っているわ、アイリス」
「駄目駄目!一番大事なものがまだなんだから。カンナ、早く〜!」
「そんな、急かすなよ、アイリス」

カンナは間違い無く心から喜んでくれている、だが、どこか複雑な笑顔を浮かべながら、アイリスと場所を交代した。
「え〜、新郎並びに新婦の友人を代表して、二人に、特にマリアに渡しておきてぇもンがある」
カンナはチョイチョイとマリアを手招きすると、大判の封筒を渡した。
「開けてみな」

入っていたのは、数枚の書類だった。隣で見ていた大神は、それがロシア語で書かれたものであることは分かった。そして、それに目を通していくマリアの顔に浮かんだ表情から、それが余程重大なものらしいという察しもついた。

「こんなもの……一体どこで……」
掠れたマリアの声を耳にしながら、大神はカンナの方を向いた。
「お前の親父さんとお袋さんの結婚証明、それから出生届。間違いないだろ?」
カンナは大神に情況を説明する意味も込めて、力強く宣言した。

「コレが無きゃ、マリアが困るだろっていう話になってさ。本当は何とかアタイらの力で探したかったんだけど、ヤッパ、慣れないことはトント駄目でさ。結局、月組(加山)に頼っちまった」
加山の方に目をやると、それまで知らんぷりをしていたのがニヤリと笑って返した。
「そりゃ、もう。本物を探すとなると、苦労したぞぉ〜」

そう、本物。今、現在、マリアに関する書類は、来日時に当時の月組が、必要に応じて"用意"したものである。マリアは、今日も当然、この記録を使用するものと考えていた。

紙切れ一枚で人間の存在を証明するなど、愚かしいこと。確かに、そう思う。だが、いくらうそぶいてみても、やはり自分が何者であるかを証明する術がない空しさは埋まらなかった。それが、今、自分の手の中にあるのだ。自分と同じ境遇の仲間が他にいるにも関わらず、探してきてくれた。それまでの嘘で固められたものではない、自分の両親の思いの欠片がどこかに隠れている筈の……。

マリアは、大神がそっと肩に手を置いてきたのが分かった。彼女は目尻を拭くと、親友に、そして周囲の者たちに笑いかけた。

「みんな……有り難う」
「ま、その何だ。誕生日の祝いも兼ねてだな……」

カンナが照れくさそうに言った。その日は、マリアの誕生日だった。


(01.12.11)

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